風除室
奇っ怪なものを見た。車の運転中の事だった。
いつも通りの通勤路。いつも通りの信号の待ち時間。視線をわずかにさ迷わせた先に、それはあった。
とある店の風除室だ。普段ならばこんなふうに気にするような違和感なんて生まれないようなその場所に、ぶらりぶらんとぶら下がるものがある。見間違いかとも思ったけれど、いやにリアルな質感は、本物なのかもしれないと思わせてくる。
髪の長い女が、揺れている。
未だ揺れているのは風のせいか、それとも。とはいえピクリともしないそれはきっと。けれど風除室の向こうにいる事務員はそれを気にする様子はない。通行人にしたって同じことだ。それでもそれはそこでずっと揺れ続けている。
信号が未だ赤な事が恨めしい。現実であれ幻覚であれ、見たくないものだ。私は視界の片隅にそれを留めながらも、すがるように前の車のナンバーを見つめる。チカチカと歩行者用信号が点滅するのが、救いのようにすら思えた。
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